大判例

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東京地方裁判所 平成11年(ワ)70209号 判決

原告

株式会社商工ファンド

右代表者代表取締役

大島健伸

被告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

小渕喜代治

主文

一  東京地方裁判所平成一一年(手ワ)第二三八号約束手形金請求事件につき、当裁判所が平成一一年四月三〇日に言い渡した手形判決を次のとおりに変更する。

1  被告は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成一〇年七月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の、その余を原告の負担とする。

三  この判決の第一1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年七月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が被告に対し、別紙手形目録記載の手形(以下「本件手形」という。)の手形金と利息の支払を求めた事案である。

二  争点

被告は、大要次のとおり主張した。

1  原告から訴外乙川(旧姓乙田)一郎に対して平成九年一二月二二日から翌平成一〇年二月二一日迄に合計八〇〇万円が貸し付けられているが、乙川は平成四年に多額の借金を抱えて四国に逃亡しており、その後も借金を重ね、右原告からの借受が行われた平成九年末ころは無資力・債務超過・支払不能の状態にあった。原告としては同人に貸し付けても同人から回収することは不可能であることを知悉していた。そこで、原告は最初から保証人に返済させることを目論み、乙川に保証人を探すように仕向け、被告の資力、信用、勤め先、収入の状況などを把握しながら、乙川を主債務者として到底返済不可能な強引な貸付けを行ったもので、これは貸金業法一三条(過剰貸付等の禁止)違反であり、かつ過度な借入の勧誘であり、大蔵省銀行局長通達(昭和五八年九月三〇日)違反であって、信義則に違反し無効である。

2  被告から原告に対して限度額五〇〇万円とする「手形割引・金銭消費貸借契約等継続取引に関する承諾書並びに限度付根保証承諾書」(甲三)、「連帯根保証確認書」(甲四)及び額面五〇〇万円の本件手形(甲一)が差し入れられているが、これらは被告が乙川一郎から一八〇万円の資金が必要であるから保証人になってくれと頼まれ、一五〇万円の保証人になるつもりで契約場所に赴いたところ、原告担当者から一〇〇万円単位の保証でなければ駄目だと言われたため二〇〇万円の保証人になることを承諾して作成されたものであり、これらの状況から、仮に1の主張が全面的に認められない場合でも、被告の責任は二〇〇万円の限度に止められるべきである。

第三  判断

一  証拠〔甲号各証、乙一ないし一二(いずれも枝番含む。)、一四ないし一六、証人A、乙川一郎、被告本人〕及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

1  乙川(昭和四三年九月生)は、地元の職業訓練校を出た後インテリアの販売等をしていたが、かねてからサラ金などに多額の借金があり、平成四年には四国に逃亡し、その後も親族の借金などで借金の一部返済をしたり、生活費や仕入代、工具代に充てるなどの生活をしていて、平成九年暮れころは、無資力でなお相当額の負債があった。乙川は、借金の支払いや仕入代金等に窮し、平成九年一二月初め、原告太田営業所に電話をかけ、融資を頼んだところ保証人が必要であると言われ、適当な保証人の心当りもなかったことからあきらめかけていた。しかし、その後たまたま仕事の現場で知人の山崎利和に会い保証人の依頼をしたところ、山崎は三〇〇万円の限度額で根保証人になることを承諾したため、乙川は原告から平成九年一二月二二日に二〇〇万円、平成一〇年一月一二日に一〇〇万円を借り受けることができた。しかし、乙川はなお金員に窮しており、平成一〇年二月初め、たまたまカーテンの安売りの広告を見て乙川の店を訪ねてきた中学校の同級生の被告に「資材の金が足りないので保証人になってくれないか。」と依頼したところ、被告は「保証人にはなかなかなるものではない。」として断った。しかし、被告は、友人が困っているのに黙って見過ごすのも水くさいと思い、翌日もう一度乙川を訪ねて「金の都合はついたのか。」と聞いたところ乙川は「問屋に支払う金が一八〇万円ほど足りないので、商工ローンで一八〇万円借りたい。」と答えた。そこで被告は、場合によっては一五〇万円位は犠牲になるかもしれないと覚悟の上、「三〇万円は自分(乙川)で用意しろ。それにより切り詰めた一五〇万円なら保証人になってやろう。」と申し出た。その後被告と原告太田営業所の担当者Aは電話でやりとりした。Aは、被告の職業、年収、資産などについての聞き取りを行い、被告はバスの運転手で年収は四五〇万円位等と答えた。

2  被告は、当初一五〇万円の保証をするつもりであったが、一〇〇万円単位の保証でないとできないという話であり、乙川が二〇〇万円の借入を行いたいとの希望を述べていたので、二〇〇万円までは保証人になることの腹を決めていた。平成一〇年二月九日、被告は二〇〇万円の融資についての保証人になるつもりで契約の場所とされた乙川の家に赴き、原告太田営業所のAと会った。ところがAは、被告に対して「五〇〇万円」の金額の入った根保証承諾書や額面五〇〇万円の手形を示してこれらへの署名捺印を求めたので、被告は「二〇〇万円ではなかったのか。これでは約束が違う。これはどういうことなのか。」と説明を求めた。そうしたところ、Aは、既に三〇〇万円について乙川に貸してあること、三〇〇万円の貸付については被告以外の別の保証人がいること等を話した上、「五〇〇万円の内三〇〇万円については既に他の保証人がいて、今回二〇〇万円を貸し付けるについて更に保証人が必要で、その二〇〇万円は被告の分である。」旨話した。被告は法律的知識に乏しく、根保証という意味もよくわからず、Aの説明についても釈然としない部分もあり、特に「五〇〇万円」という金額の根保証承諾書や手形に署名捺印することへの疑問と不安もあったので、なお四、五回Aに明確な説明を求めたが、Aは前記同様の説明をするのみであった。なおAからは根保証というのがどういうことなのかの説明はなく、契約書の条項などの詳細については後でゆっくり見てもらいたいという話であった。そこで、被告は更にAに「五〇〇万円の内三〇〇万円が前の保証人の分で二〇〇万円が被告の保証の分である。」「被告が保証するのは今回融資される二〇〇万円のみである。」旨を約束した書き付けをしてもらいたいと言ったところ、Aは営業担当者がそのような書付けをすることはできないとして断った。被告はなお納得できない所もあったが、時間もだいぶ経過し、乙川が今回の契約の成立を強く望んでおり、ここで被告が署名捺印を断れば乙川が当日二〇〇万円の融資を受けられないことになるので、Aの説明は被告の保証範囲はその日に乙川が融資を受ける予定の二〇〇万円である趣旨と自分に言い聞かせ、書類に署名捺印してAに渡した。被告が乙川の家に来て契約書類に署名捺印が終了するまで約一時間半から二時間位の時間を要した。

3  原告は、乙川に融資する前に乙川の調査もしており、資産は全くなく、サラ金等からの借入が四、五社あって総額は約二〇〇万円だが全部事故扱いになっていることを把握していた。したがって他からの買掛金などの負債も相当額たまっており、融資した場合に乙川本人から回収することはかなり困難と予測していたが、乙川が保証人を立てれば保証人から融資を回収しようという思惑から乙川に対する融資を行うこととした。なお、Aは、乙川がかつて暴走族に入っていたことや暴力団に所属したことがあることを同人との話などから知っていた。

4  原告は、乙川に対して、弁済期平成一〇年三月五日ないし四月五日、利息日歩八銭(年率約三九パーセント)(天引)の約定で、次のとおり合計八〇〇万円を貸し付けた。

平成 九年一二月二二日 二〇〇万円

平成一〇年 一月一二日 一〇〇万円

二月 九日 二〇〇万円

二月二一日 二〇〇万円

二月二六日 一〇〇万円

しかし、原告は平成一〇年二月九日の本件根保証契約締結時にそれまでに他の保証人(山崎)の保証で合計三〇〇万円の貸付が行われたことについて被告に二月九日当日に概略の話をしたことは認められるが、その詳細な内容の説明はなく、二月二一日以降の乙川への追加貸付合計三〇〇万円については被告に通知した形跡はない。

5  乙川は原告からの前記貸付について利息を一〇万円を三回位支払ったのみで、それ以降は何らの支払もせず、平成一〇年九月一日に前橋地方裁判所太田支部に破産を申し立て、同年一二月二一日に破産(同時廃止)が宣告された。

二  以上の事実によれば、平成一〇年二月九日当日に被告が意図していたのは、乙川が当日原告から借入れることになっていた二〇〇万円の保証であったことは明らかであり、原告の担当者Aも被告が当初からそのような意識をもって契約の場に臨んでいることは十分わかっていたと認められる(このことは証人Aの自認するところである。)。しかも、前記一3のように、原告は事前に、乙川がかつて暴力団に加入していたことがあること、かねてから多額の借金を抱え、サラ金等の貸付はすべて滞って事故扱いとなってブラックリストにも載り、資産は全くないことを把握し、乙川に対して融資をしても本人から返済できる見込みはほとんどなく当初から保証人から債権回収をしようとの意図の下に貸付を行おうとしていたことが認められるから、社会的にみて、原告としては保証人の前記のような意思を尊重し、保証人にとって過度な負担が生じることのないよう努めるべき責務があったというべきである(なお、顧客や保証人となろうとする者に対する過剰貸付けを禁止した貸金業の規制等に関する法律一三条参照。)。

しかるに、Aは、いきなり限度額五〇〇万円とする「手形割引・金銭消費貸借契約等継続取引に関する承諾書並びに限度付根保証承諾書」(甲三)、「連帯根保証確認書」(甲四)、本件手形への署名と捺印を求め、被告においてそのことについて不安と疑問を感じ、何度も被告の責任範囲はどうなっているのか、被告は当日乙川に融資される二〇〇万円の保証をするつもりであるのになぜ五〇〇万円の根保証確認書や五〇〇万円の金額の手形への署名捺印をしなければならないのか等の質問に対し、明確な説明をせず、かえって乙川には別の保証人がいて既に三〇〇万円の貸付が行われており、今回の二〇〇万円の貸付のためには別途被告の保証が必要である等と、あたかも前の山崎の三〇〇万円の保証と今回の被告の保証の限度額のそれぞれの合計を単純に合算したものが五〇〇万円となるかのような、被告に誤解を生じかねない曖昧な説明に終始したことが認められる(右認定に反する部分の証人Aの証言は一貫性がなく到底採用できない。この他、Aが被告に対して根保証というものの説明を全く行わなかったこと、契約書類の細かい条項について読聞けや説明をしなかったことは、Aが自認しているところである。)。

これらの状況を総合的に勘案すれば、原告と被告との間には限度額五〇〇万円とする「手形割引・金銭消費貸借契約等継続取引に関する承諾書並びに限度付根保証承諾書」(甲三)、「連帯根保証確認書」(甲四)及び本件手形が作成されているが、被告の真意は当日乙川に貸し付けられる予定の二〇〇万円を保証する趣旨であり、被告のそのような意思は原告担当者Aとしても容易に看取できたというべきであるから、被告の右意思表示は金額二〇〇万円を超える部分については錯誤無効というべきである(被告が最後まで金額五〇〇万円の根保証承諾書、根保証確認書、本件手形の署名捺印に心から納得しているのではなく、この契約は後で問題が起きるのではないかと感じていたことは、A自身が認めているところである。また、原告は被告の重過失を主張するが採用できない。)。

三  付言するに、前記一3のように原告は、事前に、乙川がかつて暴力団に加入していたことがあること、かねてから多額の借金を抱え、サラ金等の貸付はすべて滞って事故扱いとなってブラックリストにも載り、資産は全くないことを把握し、乙川に対して融資をしても本人から返済できる見込みはほとんどなく当初から保証人から債権回収をしようとの思惑の下に貸付を行おうとしていたことが認められるところ、これらの状況に照らすと、乙川が保証人として被告らを見つけてきたからとして、本件の根保証契約を根拠に原告が乙川に合計八〇〇万円もの巨額の貸付を行ったことは、前記貸金業の規制等に関する法律一三条の趣旨等に照らし、はなはだ不相当の措置であったといわざるを得ず、後述のように、原告が限度額五〇〇万円の「手形割引・金銭消費貸借契約等継続取引に関する承諾書並びに限度付根保証承諾書」(甲三)、「連帯根保証確認書」(甲四)及び本件手形に被告の署名捺印があることをもっぱらの根拠として被告に限度額五〇〇万円の請求をすることは信義則の上からも許容されない部分があるとみざるを得ない。

すなわち前掲各証拠によれば、被告と乙川とは小、中学校時代の同級生であったがそれ以上の深い付き合いはなく、今回約一五年ぶりに会ったのを契機に乙川が保証人になるのを頼んだに過ぎないこと、乙川は暴力団に加入したり多額の借金を重ねるなど問題の多い生活ぶりであったのに対し、被告は地元のバス会社のバス運転手として堅実な生活を送っており、今回の件もいったんは乙川からの保証人の要請を断ったものの、かねての友人のよしみということから、おそらくは乙川は借金を返済することはできないが一五〇万円(最終的には二〇〇万円)迄であれば自分が負担しても構わないという自己犠牲の精神から自ら乙川に一五〇万円の限度で保証人になってやると申し出たものであることが認められ、これらの事情は原告担当者のAとしても乙川から聴いて十分にわかっていたと思われる。ところで、被告の職業、年齢、収入等からして、年利約四割もの高利で五〇〇万円の根保証責任を負うとすれば、被告のこれまでの堅実な生活基盤を根底から脅かしかねないものであり、乙川との間に大した利害関係を持たない被告においてそのような事柄に簡単に承諾する筈もなく、このことはAとしても十分予見できたといえる。そうであるとすれば、右のような経緯からしても原告の担当者Aとしては、より一層被告の意図に沿うような契約実現に向けて努めるべき責務があったというべきである。しかるにAにおいては、こうした事情を顧慮することなく根保証の法律的意味や被告の保証範囲、なぜ二〇〇万円の保証の約束であったのに限度額五〇〇万円の「手形割引・金銭消費貸借契約等継続取引に関する承諾書並びに限度付根保証承諾書」(甲三)、「連帯根保証確認書」(甲四)及び本件手形への署名捺印しなければならないのか等について満足な説明をすることなく、かえって乙川には既に三〇〇万円の貸付があり、その三〇〇万円については別の保証人がいて今回の二〇〇万円の貸付については被告の保証が必要であるなど、被告の保証が二〇〇万円に限られるかのような、被告の誤解を助長するような曖昧な説明に終始しているものであり、これら一連の状況に照らすと、原告において、被告が最終的に限度額五〇〇万円の「手形割引・金銭消費貸借契約等継続取引に関する承諾書並びに限度付根保証承諾書」(甲三)、「連帯根保証確認書」(甲四)及び本件手形に署名捺印したことをもっぱらの根拠として五〇〇万円の保証請求をすることは、少なくとも二〇〇万円を超える部分については信義則上許されないとみるのが相当である。

第四  結論

よって、原告の本訴請求は、二〇〇万円及びこれに対する平成一〇年七月六日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払を求める限度で認容するのが相当であるから、主文のとおり判決する。

(裁判官・豊田建夫)

別紙手形目録〈省略〉

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